プロフィール Profile

盛岡茂美

1952年 奄美大島生まれ
鹿児島県立大島高校・早稲田大学第一文学部卒業
神奈川県の公立高校に英語教員として35年勤務後退職。

30歳の時に日本シナリオ学校夜間部に入学、2年間通い、研修科を卒業。
以後仕事の傍らで映画・テレビドラマの脚本、芝居の台本等に携わる。
以来、主に奄美の南海日日新聞を中心に執筆活動を展開。
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主な著作
  小説「星の降る島」
       南海日日新聞連載
     「都会(まち)に吹く南風(はえ)
       南海日日新聞連載 海風社(1995年)
     「板付け舟で都会(まち)を行く
       南海日日新聞連載 海風社(2008年)
     「クラウディライフ」
       南海日日新聞連載(2013年~2014年)
  評論等(共著)  
     「群論 ゆきゆきて神軍」倒語社(1988年)
     「島尾敏雄事典」勉誠出版(2000年)
     「それぞれの奄美論・50」南方新社(2001年)
  エッセー
     「世間百態(ゆやだんだん)」南海日日新聞連載(1998年~2000年)
     「紬随筆」南海日日新聞連載
  その他劇評・映画評多数
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# by morioka007 | 2014-04-29 16:10 | プロフィール

生きる深さ

「夢の碑」

南海日日新聞 94.12.14

 

世の中には知らなかったでは済まされないことがある。また、知らなければよかったということもある。東京の三百人劇場で、劇団文化座の「夢の碑」-- 私説 田中一村伝」公演を観た後、奄美出身の私はこの二つの気持ちの交錯に悩んだ。

 「夢の碑」は画家田中一村の半生を描いた劇である。文化座の堀江安夫が台本を書き、佐々木雄二が演出をしている。栃木県に仏像彫刻家の長男として生まれた一村は、幼児より絵画において神童の名を欲しいままにし、その稀代の才能は十代で全国美術年鑑に名を連ねるほどのものだった。しかし東京美術学校を病気と家庭の事情で入学後三ヶ月で中退、以来画家として決して妥協を許さないその姿勢がイバラの道を歩ませることになる。この一村が奄美へ活動の場を移した時には五十歳を過ぎていた。そして一九七七年、名瀬の有屋の借家において六十九歳で人知れずその生涯を閉じるまで、奄美は一村にとって大きな根幹となった。物語は一村(米山実)と、一村を生涯支えた姉(佐々木愛)の関係を縦糸に、一村の絵に対する姿勢を横糸に展開する。冒頭で島の老婆(鈴木光枝)がウナリカミガナシを暗示してこの姉の存在を意義づける手法は卓越している。中央画壇に背を向け、奄美にたどり着いた経緯の描写に多少の不満は残るものの、芸術家としての一村が、時代やそれが生み出す醜い権威を相手に奮闘する様は、現代を生きる我々に厳しく人間としての在り方を問いかけて来る。舞台全体に張り巡らされた氷のような緊張を奄美の無垢な情熱が溶かしていくという構成の仕方は三時間という長さを全く感じさせない。

 考えてみると、私が高校生の頃名瀬で安穏と日々を送っていた時も、一村は隣町の陋屋でステテコ姿に鬼気を呼んでキャンバスに向かっていたわけだ。しかし当時、この奇異な余所者の噂を聞いたことはなかった。私だけどなく、周りの大人たちも、いや日本中の人たちが一村の生存中には誰一人その光に触れたことはなかった。結局その死後に一村は一部の島の人たちや、ジャーナリストたちによって探り当てられることになる。そのことによって一村が日の目を見たというのではなく、世間が一村の光を浴びるようになったという言い方の方が正しいだろう。NHKの日曜美術館で初めて一村の絵を観て愕然としてた私も、その後横浜で一村展が催された時には早速出かけ、アンリ・ルソーを思わせるその画風の中に奄美の魂のようなものを感じてしばし茫然としてしまったものだった。

 貧困の中でおそらく画家としても人間としても最も充実した日々を送っていたであろう奄美での一村は、「知らなかった」ですませるにはあまりに美しく、そして哀しい。今頃になって時流に乗じてはしゃいでいる自分の凡俗ぶりを恥じるばかりである。そしてまた同時に、もしあのまま一村が埋もれていて知られることさえなければ、少女の片恋のようにもはや永遠に触れることの叶わぬ一村の心に思い焦がれて悩むこともなかったろうにと恨んだりするのである。せめてこの芝居が是非奄美でも上演され、それをきっかけに一村が「孤高の天才画家」という単一的な枠に閉じこめられるのではなく、より人間的な視点から一層研究されることを期待したい。たとえ記念碑などが建てられたとしても天上の一村は不相応に苦笑いするぐらいだろうが、不世出の画家が俗世の出口に奄美を選んで人類の遺産を残した意味を我々は考える必要がある。

 芝居を観た後、帰宅の電車の中で一つのイメージが浮かんだ。それは、作家の島尾敏雄と画家の田中一村が、互いに息抜きにぶらりとやってきた名瀬の永田橋あたりですれ違う光景である。二人の人生が交錯している形跡はないが、島での暮らしの中ですれちがったくらいの可能性はあるだろう。もし島尾を太陽にたとえるとすれば、一村は夜の海を淡い光で照らす月である。奇しくも共に六十九歳で逝き、奄美で輝いた二つの偉大な光の出会いを想像するだけで凡夫の胸は高まりを覚える。


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# by morioka007 | 2014-04-20 10:57

ゴドーを待ちながら モルドバ版を観て

  

南日本新聞  1996.12.27

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 モルドバ共和国からやってきたウジェーヌ・イヨネスコ劇場による公演「ゴドーを待ちながら」を見る機会を得た。サミュエル・ベケットによって書かれたこの芝居は、一九五三年に初演され、それまでの長きにわたったリアリズム演劇に大変な衝撃を与えた。

 エストラゴンとウラジミールという男が二人、田舎道で正体不明のゴドーという人物を待っている。ただそれだけの芝居だ。ベケットは言葉やプロットによるドラマツルギーを解体して「待つ」という行為を浮き立たせた。この芝居はいろいろな批評家たちによってさまざまな解釈がなされたが、ある刑務所で演じられた時には、囚人たちはだれ一人として席を立つ者はなかったという。「待つ」という行為に一番意味を見いだせる立場からすれば、この不条理演劇は全く理にかなった力を持ちえたのかもしれない。

 だれもが予測しえなかったあのソビェト運邦の崩壊後、掛け違えたボタンを正すようにして独立した小国も紛争から免れたわけでなく、その影響がこの芝居の演出には色濃く出ている。二人がヘリコプターのさく裂音におののくような独自の演出には、長い間大きな力によってゆがめられていた人々の精神の片りんが見える。

 この芝居は結局のところ、それが上演される時代と、それを見る者を取り巻く状況によって理解のされかたが多様であるわけである。とすればそれは、現在の日本を測る一つのスケールにもなる。

 私は神奈川で高校の教員をして二十年近くになる。その間若者たちの在りようは随分変化したが、特にここ数年、若者たちは大人社会とは永遠に交わることのない独自のレールを走り始めているような気がしてならない。考えてみると、それはコンピューターの進化に伴う通信メディアの急激な広まりと無縁ではないようだ。

 社会はここ数年でアナログの時代からデジタルの世界へと移行した。アメリカの大学生たちが広めたとも言えるインターネットによって、世界の距離は意味を失っているが同時に個人間の距離もこれまでとは異質なものになっている。

 携帯電話の呼び出し音は、街中はいうに及ばず満員電車の中までも席けんし、飲み屋.で飲んでいるサラリーマンのポケットにまで侵入する始末だ。高校生のほとんどがポケットベルを所有し、喫茶店で対座する恋人たちは目の前の相手と語すのではなぐ、携帯電語でそれぞれどこかにいる友人と語している。電磁波の網にかからない個人はもはや存在しないかのようである。

このデジタル社会からは「孤独」とか「待つ」などのいわばアナログな状態・動作は徐々に放逐され始めている。すべてがオンオフの二択.で決まるデジタル社会からそういう「あいまいさ」が排除されるのは当然といえぼ当然なのかもしれない。そういう社会ではゴドーはエストラゴンに携帯電語で呼び出され、その結果がウラジミールにポケベルで報告されるような具合だろう。通信メディァの発,達は「個人」と「個人」の間の時間的空間的なすき間を容赦なくそぎ落としてしまった。

 ベケットの影響を受けた劇作家、別役実は現代にすでに「個」はなく、現代人は「関係」の中にのみ生きていると言ったが、デジタル社会はその「関係」を一層強化しているようだ。この「関係」は、そこに一個の人間の内にうごめく悩みや迷いを差しはさむことを許さない。大変な速さで変化するこのデジタル社会を支えているのは若者たちであるが、そこでは当の若者たち自身もまたいや応なしにこの「関係」にコミットしていかざるをえないのである。

 それにしても気になるのは、そういう孤独感や迷いを知らない「まじめな」若者たちが多くいる一方で、そこからはみ出ていく若者の数も間違いなく増えているということだ。「関係」からはみ出し.た「個」の行方は寒風吹きすさぶ街角でしかない。独りで悩むことなど経験のない「個」にとっては、群れるしか道はない。自分たちの「関係」の中に埋もれることで自分を確認することのほかに彼らを救うものはない。だがそこから生じるのはすさんだ仲間意識でしかなく、その結果街は物騒な気配に支配され、地域社会は「はぐくみ」や「慈しみ」を放棄することになる。

 この陰と陽の「関係」で構成される無機質な杜会が、未知の国モルドバからやってきたエストラゴンとウラジミールの目にはどう映っただろうか。

 

 

 
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# by morioka007 | 2006-12-27 20:39 | 演劇